一年目まとめ

もうすぐ出荷されて一年がたつのでまとめ。

社会人としてというより技術者として。

 

4月

入社する。3月下旬まで連絡が来なかったり、あるいは入社日に会社行ったら誰もいなかったり先行き不安になる。

数日後からそのまま研修へ出荷される。

初日からネクタイが結べなくて困る、スーツの着方が間違ってて怒られる、言葉遣いが雑で怒られる。

まっとうな社会人にはなれないことを悟る。

研修はいくつかあったが、どのカリキュラムも低レベルで暇な内容だった。だいたい毎日、ネットサーフィンをして過ごす。有意義だった。

このとき、社会人に必要なものは能力ではなく上司に媚びウケのいい応答をすることだと悟る。間違ってもそれ違いませんかなんて口答えはしてはいけない、怒られる。

上は東大、下はF欄、色々な人を見て、企業が学歴を基準として見ることにも納得した。

研修は酷いと感じたが、幾人かの講師にはお世話になった。また、レベルの低い講師もいた。

歳だけとった技術者に会えたことは幸運だった、あんな風にはなりたくないので。

無遅刻、とても偉い。

 

5月

引き続き研修。ただし少し技術寄りになる。

なんかプログラムが動かないとかいう凄くざっくりした人たちばかりで驚く。

FizzBuzzが書けない人が出来上がる社会に納得する。

変わらず暇だったのでネットサーフィンをする、有意義であった。

引き続き、無遅刻。

 

6月

研修が終わり、弊社へ戻る。2か月の無遅刻定時生活が祟り、40度の熱を出して倒れる、定時での生活は無理だと悟る。

研修で学んだことが一つも役に立たないような世界が始まる。

Linuxと並行処理を学び始める。

 

7月

暇だった。3大美徳(傲慢・怠惰・短気)だとか、いろいろな法則だとか、銀の弾丸だとかを学んだ。

定時じゃなくなった瞬間、出社時間が大幅に遅くなる。

 

8月

暇だった。暗号について学んだ。

空のVMを渡される。OSイメージをインストールした。辛かった。

ネットワーク環境知らなかったので255分の1を引き当てる作業をする、流石に馬鹿だった。

 

9月

暇だった。

このころからフロントの技術動向も比較的追い始める。

 

10月

記憶にないので、恐らく暇だったのだろう。

あまりに暇で転職を考え始めたが、給料が出て暇なのはいいことだと感じる。

何かシステムを開発していたと思う。

 

11月

記憶にない。

少しデプロイ手法について考え始める。

 

12月

jQueryにつかれる。家で使っていたReactiveな世界の導入を検討する。

 

1月

Slackを導入する。生産性が上がる。

 

2月

ChatBotを作ってみる。2日で飽きる。ただしChatOpsに関しては非常に好ましかった。

このころReactiveな世界の1つとしてVueを触り始める。かなり気に入っている。

アプリを殺すことも経験する。

 

3月

まだ仕事を続けている。

無事かは不明だが二年目に入れそう、会社も生きている。

 

一年を通して

基本的にぼっち開発だった。

一年ぼっち開発してると人とやってみたいと思うようになる。

諸事情から一年目から毎日毎日キャリアだ転職だとか、そんなことまで考えなきゃいけないことに疲れている。ある程度安定した、計算のできる企業に入る意義を日々感じている。

風通しは良い分、何かがあれば自分に返って来るので、慎重さも大事。技術導入には十分な動機が必要である。

労働時間に関してはそこらの人間の7割くらい+学習でとんとん。140~160+α/月くらい。

リソースに対して適切なタスク量であれば、ある程度の成果主義は好ましいものだと感じるようになった。

基本的に技術に関しては誰も面倒は見てくれない上、保守運用開発のレベルが一定に満たないと自分に返って来るので、非常に辛くもあり充実もしていた。

コードを書くときに常に可読性、変更容易性等は考慮するようになった、できているかは不明。

Slackを入れるとか、自動化を考えるとか、テストを書くとか、CIとか、そういったことを誰に言われるでもなく自分で考え動かなきゃいけなかったというのは、大きいことでもあるし、新人1人の思考の限界も感じている。

4月あたりに、一番初めに思想を学ぶことを選んだのは良い選択だった。

 

4月以降

もし明日会社が無くなっても生きていけるようにはなっておきたい、ニートはゴミ&ゴミ&ゴミなので。

他の、なるべく同年代の技術者に接触を図りたい

最近、家とか土日で何かやろうかなぁと思いつつ、何も思い浮かばない。

アルゴとかデータ構造はやっておきたい。

 

とりあえず以上、では。